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- 人生は砂時計の砂?
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今朝、洗面所で身だしなみを整えていた夫がこんなことを言った。「オレも白髪が増えたなぁ。こうやって人は死に近づいていくんだな」。朝から笑顔でスゴイことを言うなぁと笑い返しながらも、わたしは半日ほどこの言葉について考えてしまっている。果たして人は死に向かって生きているのだろうか。わたしはそうは思わないのだ。死は生のゴールではない。老いは死と近いようには見えるけれど、砂時計の中の砂が少しずつ減っていくような生の感覚は今の自分にはしっくりこない。とはいえ、小学生の頃に、「わたしたちは1秒1秒、死に向かっているのだ」と恐ろしくなったことがあった。猛スピードで生という砂が落ちていく感覚が8歳の身体を襲ってきた。でも、でも、何かが違う。そんなことじゃないはずだ。人は産まれた瞬間から死とともに生きていくものだ。遠くの方にあるゴール地点なんかじゃなく、別け隔てなく明日死ぬかもしれないのだと考えたとたん、不思議と呼吸がラクになった。その夜、家族で食後にテレビを見ていたら、イタリアの田舎町に暮らす大家族が庭に集まって、大きな木の下でテーブルを囲んで食事をしている姿が映った。カラフルな料理とピカピカ光るワイングラス。おじいさんもおばあさんも子どもたちも赤ちゃんも笑っている緑の庭。ああ、これこそが人生だなぁと思って小さかったわたしはホッとした。「たった今ここに存在することを楽しむだけだ」。わたしたちの髪は白くもなるし肌だって萎む。でも、髪には優しくブラシをかけて、土に水をあげるように肌をいたわりながら、今を楽しんでいけたらそれでいいと思う。
photo:Suzuki Yosuke text:Yoshida Naoko